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心を打つ石
一也
内部の分子構造によるものが宝石であり、パワーストーンであるならば、外部から人工的に形成したものは彫刻などと呼ばれる。どちらも神による創造物には違いない。そして人間にとって良い影響を与えるものである。
先日、ある打ち合わせで池袋に行ったときのことである。今ではすっかり小説やTVドラマで有名になってしまった池袋西口公園、Ikebukuro
West Gate Park の中にある東京芸術劇場を通って駅に向かっていた。そこで何気なく手にとったチラシは恵比寿の東京写真美術館での展覧会であった。
その日は、午後から画家の毛利史子さんと恵比寿で打ち合わせがあり、素晴らしいインスピレーョンをいただき、思わず涙ぐむほどだった。すると毛利さんはその後、東京都写真美術館に行くらしかった。毛利さんと別れた後、私はインスピレーョンを具現化するために書店に行き研究していた。そこで毛利さんから電話が入った。「招待状がまだあるらしいから行かない?」「今すぐ行きます」と即答した。
ミケランジェロの彫刻を撮った写真だった。私は写真を見ながら泣いてしまった。涙が一時間止まらず、出るに出られなくなってしまった。素晴らしい奇跡の写真だった。それから一週間後、あまりに素晴らしい写真展だったもので、このサイトのマスターである富さんを誘って、午後3時に恵比寿で待ち合わせた日の昼だった。何と毛利さんの友人から電話が入り、その写真家の増浦行仁さんとプロデューサーに紹介するとの電話が入ったのだ。写真を観に行くつもりが同時刻に本人に会うことになってしまった。富さんに「すまん、一人で行ってください」と電話を入れた。
その日は大きな奇跡があった。増浦さんの写真展に美智子皇后様がお忍びで観に来られたのである。やはり良いものは伝わっていく。アートはメッセージでありエネルギーだ。アーティストは媒体だ。エネルギーの通り道だ。この写真展は増浦行仁さんとミケランジェロという二人の素晴らしい媒体によってエネルギーが素直に強烈に我々に届いたものだったに違いない。だから私の胸に、そして涙腺に直撃したのだろう。
石のコラムで無理やりな感じもややするが、彫刻は究極の石に違いない。そして、心を打つ石ということでも共通するのだ。
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