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石の旅
一也
石が好きな人なら少なからず身に覚えがあると思うが、石は旅をする。石は世界のいたる所の国から生まれ自分の手に渡る。しかも自分より遥かに永い年月を経て創造された。我々よりも年上である。見方を少し変えると、自分が石を選び集めているつもりであっても、ひょっとするとそれは逆で石に選ばれているのかもしれない。
その証拠に私の書斎の本棚に並べられている石の大部分は友人知人から譲り受けたものが多い。そして、かつて気に入って大切にしていた石の大部分は、なぜか友人に譲ってしまっている。たまに「あの子(石のこと)は元気だろうか」などと思い出したりもする。
我々の人間関係は宇宙の縮図のようなものであり、石は正にその中の小さな惑星のようだ。回って巡っていく。他の物であれば、昨日まで大事にしていたものを、直感によって即座に他人に譲るというのは、あまり考え難い。だが、石は特殊で、それが頻繁に起こる。まるで、石が「○○さんの所へ行きたいよー」と言っているような感じだ。
石好きは、その直感に素直に従うべきだ。我々は石を所有するのではなく、一時的に石と波動を共有しているにすぎない。我々の波動が変化すれば、石は新たな場所に移動し、そして新しい石が自分の所にやってくる。それは惑星の軌道のように幾何学的に精密な動きをしているように思えてならならない。であるから綺麗にエネルギーを流すようにすればよいのではないだろうか。
少し信じがたい話かもしれないが、石の旅には、人から人へという三次元的なものから、瞬間的に消え、また目の前に現れるという、超次元的な現象もしばしば起こる。これは次回のコラムで話すことにしたい。つまり、石は我々の先輩であり、我々にメッセージを与えている。そして、ラジオのような受信機にもなり、アンテナともなる。テレパシー補助装置でもあるのだ。石というのは実に愛しく不思議な代物である。
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